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知多半島
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知多の酒造りは元禄のころから急速に発展していきます。質の良い阿久比米と優良な伏流水に恵まれていたため、優れた酒の醸造に成功しました。当時唯一の流通手段である船便が発達していたことも大きな要因のひとつです。知多はもともと天然の良港に恵まれていたので、尾張藩の財政を支える重要な産業として、江戸という大きな市場を手に入れることができたのです。江戸と上方のちょうど中間に位置していたことから当時知多の酒は「中国酒」と呼ばれていました。江戸時代中期以降、日本のトップブランドとして君臨していたのが灘の酒。当時、知多酒は、灘に継ぐ旨い酒の生産地として大健闘していたのです。幕末から明治にかけて、知多酒は一大醸造地として発展、最盛期には二百を越す酒蔵が建ち並び、大変な賑わいだったということです。
そんな知多酒の勢いは明治四年頃をピークに衰えを見せ始めますが、明治十七年全国に先駆け、知多の酒造家九十八名で「豊醸組」を組織。生き残りを賭けて、技術の改良などの活動を始めます。醸造学校、試験場を作り、その後の日本酒造りの基礎を作りあげてきたのです。




1844年に旗揚げされたこの蔵は、三百有余年の歴史を持ち、現在規模約20の蔵を超える醸造能力を誇る。国の繁栄と共に盛んになるようにと名付けられた「国盛」。安定した品質と深みのある味わいを脈々と受け継ぎ、旺盛な創造意欲で「つくり贅沢、旨さ贅沢」をテーマに温故知新を繰り返す。

http://www.nakanoshuzou.jp/



盛田酒造の歴史は知多半島でもっとも古く、1665年代々の庄屋であった盛田家によって、常滑南部・小鈴谷の地で酒造りが開始された。「ねのひ」の名は長寿延命を願う、宮人たちの遊びに使用された「子の日松(ねのひまつ)」と11代目当主、久左エ門の子年(ねどし)誕生に因んでつけられた。

http://www.moritakk.com/


江戸の時代には、灘に継ぐ生産高を誇った半田、亀崎の町。1848(嘉永元)年創業の古蔵である。真摯に伝統の技術と手造りにこだわり続け、蔵の規模からは想像し難いほど多彩な品種を誕生させている。「初夢桜」は敗戦後の新しい日本誕生にふさわしい名をと付けられた銘酒。

http://www.hatsuyume.co.jp/
       


徳川家康の生母、於大の方(おだいのかた)誕生の地、東浦町で操業を続ける野村酒造は、淡麗辛口流行りの今もあえてコクと深みのある「濃い口の酒」にこだわり続けており、芳醇な味にはこの味一筋というファンも多く、人気は根強い。
 

1855(安政2)年の創業以来、東浦町の生路(いくじ)で、手造りにこだわり続ける酒蔵だ。淡麗さと伝統の味わい深さを見事にマッチさせた代表銘柄の「生道井(いくぢゐ)」は、約150年の時を経て今も変わらぬ味を保ち続けている。


http://www.ikujii.co.jp/
 

良米の産地、阿久比町で大正6年に操業を開始した丸一酒造のブランドは「冠勲(かんくん)」。比較的新しい酒蔵であるが、ひしめく銘酒と肩を並べ、コンクールや品評会で受賞を繰り返し、名実共に「冠勲」へと成長を遂げた新進気鋭ともいうべき酒蔵である。

http://www.sake01.co.jp/
       


1848(嘉永元)年創業の澤田酒造は、原料や技術はもとより道具にいたるまで頑固なまでに伝統の手法にこだわり続ける希有な蔵だ。大きな和釜で米を蒸し、麹(こうじ)づくりから全て蔵人の手と、長年培った勘によって生み出される酒は、昔ながらの丹誠込めた職人技の骨頂を今に伝えている。

http://www.hakurou.com/
       

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